1.個人・家族・社会のはざまで
私たちの生活に必要なモノやサービスが、すべて個人や家族の「自由」と「責任」に任されているとしたら、そのニーズがうまく満たされるとは限りません。実際、現実にはさまざまな条件や制約が、その充足を妨げています。以下では、必要が満たされにくい背景と、そこから浮かび上がる社会福祉の意義について考察していきます。
1. 1.経済的条件とニーズの充足
まず大きな要因として挙げられるのが、経済力の問題です。収入の水準と安定性、そしてそれを支える就業の確保は、生活必需品の入手可能性を左右します。たとえば、収入が不安定であったり、働ける環境が整っていなければ、食料・住居・医療といった基本的ニーズでさえ十分に満たされません。経済的な土台が脆弱であれば、どれほど個人が努力しても必要な生活基盤を維持することが難しいのです。
1.2. 家庭内支援の欠如と自立の困難
次に問題となるのは、家庭内での支援の有無です。子どもや障害者、または要介護の高齢者が身近にいる場合、それを支える家族の存在とその能力が重要です。しかし、核家族化や共働き家庭の増加、高齢者の独居化などが進む現代では、その支援体制が脆弱になっています。家族による支援が難しい場合、個人の自立生活や生命の維持そのものが脅かされるケースもあります。
1.3. 情報・サービスへのアクセス格差
物理的・社会的なバリアによって、サービスや商品へのアクセスが困難な状況も見逃せません。たとえば、障害者や高齢者が必要な情報にアクセスできず、不利な金融商品を契約してしまったり、外国人が住宅を借りられなかったり、車を持たない家庭が郊外の格安スーパーに行けないなどの状況があります。こうした実質的な選択肢の狭さは、合理的な生活設計の妨げとなります。
1.4. 判断能力と生活運営力の限界
人間は未熟な存在として生まれ、加齢とともにその機能も低下していきます。そのため、すべての人が適切に生活を運営し、合理的な選択を下せるとは限りません。教育機会に恵まれなかった人、精神的・知的な障害を持つ人、高齢による認知機能の低下がある人にとっては、薬の服用や金銭管理といった日常の行為でさえ困難です。その結果、基本的なニーズの充足すら脅かされることがあります。
2.社会福祉が介入する理由──ニーズと「社会の判断」
このように、収入、家庭環境、社会的差別、能力の制約といった複数の要因が、個人や家族だけではニーズを充足できない現実を生み出しています。そこから、「貧困」「養育や介護の不在」「自立困難」といった社会的な課題が顕在化し、それに対応する仕組みとして社会福祉の必要性が浮かび上がります。
しかし、ここで重要なのは、「何がニーズとして認められるのか」という判断基準です。本人が困っていると感じていなくても、社会が「必要が満たされていない」と判断する場合もあります。ニーズとは必ずしも本人の主観だけで成立するものではなく、社会的・専門的判断が関わるのです。
2.1.ニーズ判定の多様性──A.フォーダーの分類
社会政策研究者A.フォーダーは、理想的な基準を全員が共有することは困難だとし、代替として以下のような操作的基準を示しています。
- 本人が感じているニーズ
- 最低限水準を基準とした判断
- 専門家の判断
- 他者との比較
2.2.ニーズ判定の多様性──J.ブラッドショウの分類
また、J.ブラッドショウはニーズを次のように分類しています。
- 「感じているニーズ」(本人の主観)
- 「表出されたニーズ」(具体的に要求として現れるもの)
- 「規範的ニーズ」(専門家の基準)
- 「比較ニーズ」(同様の条件下の他者との比較)
このように、社会福祉におけるニーズ判断は多層的であり、個人の主観だけでなく、社会や専門家の視点をもとに構成されています。
3.社会福祉におけるニーズの性質──緊張と調整
社会福祉は、個人と家族の生活の幸福だけでなく、社会全体の幸福も対象とします。したがって、誰かの困窮や介護の困難といった個人の問題は、社会全体がそれにどう対応するかという「公共的判断」に委ねられます。
このとき、個人の「感じているニーズ」と社会の判断が食い違うことがあります。たとえば、本人は生活が苦しいと訴えても、社会的な貧困基準に該当しなければ支援は受けられないといった状況が生じます。つまり、社会福祉による支援は、単に欲求に応えることではなく、「社会的に妥当」と判断されたニーズに基づいて行われるのです。
加えて、「社会の判断」自体も一枚岩ではありません。たとえば、「いくらの収入以下が貧困か」といった基準には学術的にも議論があり、医師やソーシャルワーカー、教師などの専門家によっても判断が異なることがあります。他者との比較にしても、「誰と比べるか」が議論を生むのです。
4.ニーズは変化する──社会の価値観と制度の進化
社会福祉が対象とするニーズは、常に変化しうる社会的構成物です。本人の「表出されたニーズ」が社会を動かし、やがて社会的な判断基準を変えることもあります。また、科学的・専門的な知見の進展によって、以前は見過ごされていた問題が新たなニーズとして認識されるようになることもあります。
このように、社会福祉におけるニーズは静的なものではなく、社会の変化とともに進化し続けるものであり、その判断には常に個人の視点と社会の視点との緊張関係が含まれているのです。
5.問い直す仕組み
社会福祉とは、単に「困っている人を助ける仕組み」ではなく、個人の自由と責任だけでは解決できない生活上の課題を、社会全体の責任として認識し、共有し、支えていく仕組みです。そこでは、「ニーズ」の捉え方ひとつ取っても、多様な視点と判断が交錯します。だからこそ、社会福祉の制度や実践は、個人の声と社会の構造とのあいだで常に柔軟に調整され、問い直されていかなければならないのです。
