社会福祉の分野では、多くの外来語が使われますが、中でも「ニーズ(needs)」という言葉は極めて重要な概念です。高齢者のニーズ、ケアのニーズなど、さまざまな文脈で登場するこの言葉は、単なる流行語や専門用語ではなく、社会福祉の本質を理解するうえで不可欠なキーワードです。
「ニーズ」を日本語に訳すと「必要」となります。必要とは、「なくてはならないもの」「欠かせないこと」を指します。つまり、社会福祉におけるニーズとは、人々の生活における「欠かせない要素」を満たすために、社会福祉が果たすべき役割を意味しています。
1.ニーズと欲望・需要の違い
ニーズは、しばしば「欲望(desire)」や「需要(demand)」と混同されがちですが、本質的には異なります。欲望や需要は、ある対象を「欲しい」とか「利用したい」といった、意識的で積極的な態度を前提とします。一方、ニーズは必ずしも自覚されるとは限らず、「本人が気づいていなくても、確実に満たされるべきもの」であるとされています。
したがって、ニーズには状況に左右されない絶対的な側面があり、個人の意思とは無関係に存在する場合もあります。また、目的を達成するために生じる「手段的なニーズ」と、生命や生活を支える根源的な「絶対的ニーズ」を区別する考え方もあります。
例えば、アンケートで「福祉サービスを利用したいか」と尋ねる調査は、実際には需要や欲望を測るものであり、真の意味でのニーズ調査とはいえません。本来のニーズとは、「求めるか否か」に関係なく、生活を維持するために不可欠な要素なのです。
2.生活における「必要」の具体例
社会福祉のニーズを考える前提として、人間の生活にとって不可欠な「必要」とは何かを見ていく必要があります。これを理解することで、社会福祉が満たそうとするニーズの全体像が見えてきます。
2.1. 基本的な生活資源(必需財)
人間が生きていくうえで最も基本的なものが「必需財」です。空気、水、光といった自然資源に加え、食料、衣服、住居などがこれに含まれます。これらは文化や歴史的背景、自然条件によって異なる部分もありますが、いずれも生存に欠かせないものです。
また、過疎地に暮らす人や、障害により移動が制限される人にとっては、自家用車など一見すると贅沢に思える財も、生活に不可欠な必需品となる場合があります。
現代社会では、これらの必需財は主に市場で商品として流通しており、購入には収入が必要です。このため、生活資源の確保は個人や家族の「自己責任(自助)」とされ、経済的手段が欠けている人々は必需財すら十分に手に入れられない状況に置かれることがあります。
2.2. 家事労働とケアの必要性
物質的な資源だけでは、人間の生活は成り立ちません。食事の準備、衣類の洗濯、住居の清掃といった日常的な家事労働が必要不可欠です。近年は加工食品や家電の普及により、こうした労働の負担が軽減されている面もありますが、ゴミの処理や日常生活の手間は依然として不可欠です。
さらに重要なのが「ケア(care)」です。これは子どもや高齢者、病気や障害のある人々に対する身体的・精神的な支援を指します。人は誰しも、誕生直後は身の回りのことを自分で行えず、誰かのケアを受けて成長していきます。また、大人になってからも、病気や高齢、障害などにより、再び他者のケアを必要とすることがあります。
このように、ケアは一時的なサポートではなく、生涯にわたり必要となる営みです。しかし、家事労働やケアは、社会的には無償の家庭内労働として位置づけられており、個人や家族の責任に任されがちです。したがって、これらを担うことが困難な場合には、たとえ物資的な資源があっても、生活のニーズが十分に満たされないという事態が生じるのです。
2.3. 生活全体のマネジメント
もう一つの重要な要素が「生活の管理(マネジメント)」です。現代社会では、収入の管理、支出の調整、借金の返済、将来設計など、生活全体を計画的に運営する能力が求められます。
たとえば、「どのニーズを優先するか」「誰が家事や育児を担うか」「高齢の親の介護をどう分担するか」といった決定が、日々の暮らしの中で必要になります。そして、これらの判断や選択の自由は、自己責任と表裏一体のものとして社会から期待されています。
しかし実際には、すべての人が常に合理的な判断や選択ができるわけではありません。心身の状態、家庭環境、経済状況などによって、大きな制約を受ける場合もあります。にもかかわらず、現代社会では「それでも自分で何とかすべき」という個人化・自助化の原則が強調されているのが実情です。
3.社会福祉のニーズとは何か
このように、人間の生活における「必要」は、
- 必需財の確保、
- 家事やケアの遂行、
- 生活全体のマネジメント、
という複数の要素から構成されており、これらはすべてが揃って初めて人間らしい生活が可能となります。
社会福祉が担うべきニーズとは、こうした生活の必要のうち、個人や家族の自助努力ではまかないきれない部分に対して、公的な支援や仕組みを通して保障されるべきものです。それは決して「特別な誰か」だけに必要なものではなく、誰にとっても起こりうる「生活の一部」に根ざした普遍的な問題なのです。
社会福祉のニーズとは、私たちの生活そのものに深く結びついた、根源的で不可欠な必要を示す言葉なのです。
